いのち日記

33w4d 「おめでとう」を喜べるように

 おはようございます。日商簿記試験まであと3日……ではあるのですが、明後日19日は車で片道50分かかると思しき新しい総合病院へと向かうため、半日潰れると考えると実質2日しか勉強できないことになります。これは大変だ!
 明日は予想問題集を総復習する時間に充てたいと考えているので、今日は過去問の工業簿記と商業・工業の仕訳問題を一通りさらって、余裕があれば商業簿記の大問に目を通しつつ、こちらは解くのではなく「問題を見て解き方がちゃんと分かることを確認する」という形を取ろうと思います。
 あまり前の過去問に触れてしまうと、出題範囲が異なっているものがぽんと出てきたりして、直前にして頭が混乱するということになりかねないので、私は問題の解き込みは過去問ではなく予想問題集を中心に行っていました。その結果、過去問の確認がこんなにもギリギリになってしまったのですが……ま、まあ間に合いそうなのでよしとしましょう。頑張ります!

 さて、最近、いろんな方から妊娠について「おめでとう」と言われる機会を頂戴していました。妊娠22週を超えた辺りから、いよいよ「命を落とすことなく生まれてきてくれそうだ」と半ば確信でき始めたことから、私も妊娠していること自体を11月頃からは隠さなくなってきたのですよね。
 社会人になると、なかなか知人や友人とは連絡を取れなくなってしまいますよね。そのような中で頂くご連絡自体喜ばしいものですが、SNSを始めとしたネットを通じて「妊娠していたんですね、おめでとうございます」とお言葉を頂く機会が少なからずあり、久しぶりにお話ができる幸福感も相まって、とても嬉しかったのを覚えています。

 ただ情けない話ではあるのですが、妊娠初期の頃に「おめでとう」と言われたとしても、私は素直に喜べなかったと思います。つわりで体調がどん底であったから、という訳では勿論なくて、ただ「このまま無事に育ってくれるとはとても思えなかったから」です。
 不妊治療外来のお医者さんに何度「喜んでください」「順調ですよ」と言われても、信じることができませんでした。期待と落胆の繰り返しは人の心をえげつない勢いでごりごり削いでいきますが、私の場合、こと不妊治療においてはそうした期待と落胆の繰り返しに、傷付くことを通り越してほとほと疲れ果てていたものですから、「はいはい、もう都合の良いだけの言葉なんて聞きたくない」「安易なめでたい言葉で期待ばかりさせないでほしい」と、そうしたことばかり考えて予防線を張ることしか頭にありませんでした。

 妊娠している気配がしますね、と言われた周期に、予定日通り月経が訪れたことは数知れません。卵管造影検査の後は妊娠しやすくなりますから、と励まされましたが、その励ましが現実の形を取ることはありませんでした。来週には心拍が確認できると思いますよ、と言われたにもかかわらず、一昨年の11月、結局心拍なんて確認できず、次こそ確認できるかもしれないから、なんて2週間引き延ばされた挙句の流産判定でした。妊娠できる体だと分かったのはとてもいいことですよ、とおっしゃった口で、次の週、化学流産も含めて2回流産した貴方は不育症かも、と話され、高額の自費検査を幾つも受けさせられ……。書いていてちょっと笑えてきました。
 希望を捨てるなという趣旨のことを、とかく不妊治療の医師さんは沢山口にされますし、子供が欲しいと思っている方々は藁にも縋る思いでその言葉を信じ、挑戦を繰り返すのだとは思うのですが、私は化学流産 → 稽留流産 → 失敗 → 失敗、と4回経過した段階で……いや、本当は顕微授精を「やろう」と言われた段階からもう既に……疲れ果てていました。

 それでも、ポジティブな言葉には力があります。白衣を着た専門医の口から発せられる言葉であれば、尚の事。だから「もしかしたら上手くいくのではないか」と1回目、2回目の頃は本当に思っていました。その結果、いたく傷付くことになったのですが……。

 5回目、もうただの不毛な消化試合という気持ちで挑んだ移植で妊娠したとき、そしてそのいのちが前回の9週を超え、11週、13週とお腹の中で育ってくれていると知るとき、更には妊娠中期に差し掛かり、15周目戌の日の安産祈願を終え、つわりと胃痛症状がなくなってようやく楽になり、お寺に毎日お祈りに行くようになり……それでも尚、「どうせまた同じようにいなくなるのではないか」「このいのちはまた私に喪失を突き付けて来るだけの存在なのではないか」という気持ちが拭えませんでした。
 だから正直、この時期に頂いていた「おめでとう」も、いずれ訪れるかもしれない喪失をより悲しくするための布石としか思えていなかったんです。
 親不孝ならぬ、子不孝な考え方であり、祝福してくれた知人や親戚の方々にも失礼なことだったと思います。この頃の私はまだちっとも「母」ではなく、喪ってからまた一人になり、残り3回の不毛な治療に取り組まなければならなくなるかもしれない可能性の「私」のことを思うばかりでした。

 そんな私を「母」にしてくれようと懸命に育ってくれたいのちには、本当に、感謝してもしきれません。特に妊娠初期の頃はつわりがひどくて、水だけとはいかずとも、まともなごはんを食べられていない状況だったのですが、それでも小さすぎることなく、成長曲線に綺麗に沿う形で育ってくれていました。
 お腹の膨らみが分かるようになってきた16週のこと、初めて胎動を感じた18週後半のこと、そして決定的だったのが妊娠22週、もし中のいのちに何かあって取り出さなければいけなくなったとしても、新生児治療の対象になりどうにか生きていかれると知ったこと……。流産から早産の判定に変わる境のあの日が、私の利己的で臆病な心から「どうせまた同じようにいなくなるのではないか」という気持ちを押し流してくれていたように思います。

 11月10~12日に出掛けた旅行の段階では、宿の方や写真館のスタッフさんに「妊婦さんに見えない」と言われる程度には控えめなお腹だったのですが、12月に入ると流石に膨らみが目立つようになってきて、銀行の職員さんなど、初めて顔を合わせるような方にも「もしかして妊娠されていますか?」と尋ねられるようになってきました。尋ねてこられるのは女性の方ばかりで、お腹の膨らみ方で分かるものなのかと驚かされましたね。肯定すれば、枕詞のように「おめでとうございます」という言葉を皆さん付けてくださいます。それに対して即座に「ありがとうございます」と返せるようになっていた自身の変化にも驚かされました。
 年が明けてからは、いよいよ臨月間近ということで「無事に出産を終えられますように」と願ってくださる方も少なくありませんでした。勿論、有難いことですし、同じく私の心からの願いでもあったので「本当にそうですね、ありがとうございます」と、同意と感謝をセットで伝えることも増えた気がしますね。

 出産への不安は勿論あります。ここまで育ってくれたにもかかわらず出産で思わぬトラブルが起こり、生命に危険が及ぶ、ということが……ないとは言い切れません。そうした「喪うかもしれない不安」は、きっと生まれてきてくれてからも一生、付きまとうものなのだと思います。
 うつ伏せになっただけで窒息してしまうかもしれない。家具の角に頭をぶつけたり、仰向けにぽてっと転んだりしてしまうかもしれない。車の怖さが分からないまま道路に飛び出し跳ねられてしまうかもしれない。誤嚥、感電、火傷などで取り返しのつかないことになるかもしれない。外で目を離した隙に、いなくなってしまうかもしれない……。
 私が「私よりも大切なもの」の訪れを喜べるようになった、喜んでしまった以上、もう一生、この不安が取り除かれることはないのでしょう。

 ただこうした不安について、親友が「なくなることはないけれど子供の成長に伴って小さくなり、和らぐものだ」と、自身の経験を踏まえて教えてくれました。
 そういうものなのかなあ、と、言われた直後はまだ実感が湧いていなかったのですが、小さな5.7mmの胎芽だった頃には不安と恐怖しかなかったあの頃(7/12のことでしたね)と比べると、確かに今は「どうせまた同じようにいなくなるのではないか」とは考えなくなっていますし、もう生まれてきてくれることを前提に、数か月後、数年後のことをあれこれと想像してしまっています。「2月後半頃に、無事に産めた場合」と「死産になった場合」とを分けて考えるようなことは……今の私にはできていません。子供のことを想うときの「不安」の割合は、確かに5.7mmだったあの頃と比べると、2000gを超えた今、大きく減っているんです。
 生まれてからも、徐々に大きくなっていく子供を育て見守ることで、不安や恐怖もきっと少しずつ薄れていくのだろうと、今なら確信が持てます。肌も目も手も離せない、付きっきりで育てていかなければならない新生児の状態から、小学生になる頃には手を離し、高校生になる頃には目が離れ、親元を出ていく頃には心を離して、笑顔で送り出さなければいけなくなるのでしょう。その頃には大半の不安が消えており、代わりに私の中へと生まれ出て来るのはきっと「寂しさ」で……けれどきっとそれが自然なことで、とても幸せなことになるのでしょうね。

 これら不安も恐怖も寂しさも、全ていのちが私にくれるものです。うんざりする時も、押し潰されてしまいそうになる時も少なくないのでしょう。それでも死ぬまでずっと「あなたがいてくれるから全部チャラだ」「あなたがくれたこの心は全て私の財産であり宝物だ」と、思っていられるような母でいたいですね。
「おめでとう」を喜ぶことはその祝福を認めるためのほんのスタートラインで、けれどもその地点に長らく立てていなかった身としては、ようやく心地として「母」なのかな、と思えて、少し誇らしく感じています。

 ちゃんと、お母さんになりたいなあ。

 長くなってしまいましたが、読んでくださりありがとうございます。今日も1日頑張りますよ!

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